東京地方裁判所 昭和51年(ワ)70367号 判決 1980年2月18日
原告 夏山年二
右訴訟代理人弁護士 増田英男
右訴訟復代理人弁護士 高谷進
被告 平和生命保険株式会社
右代表者代表取締役 武元忠義
右訴訟代理人弁護士 山下卯吉
同 竹谷勇四郎
同 福田恒二
同 金井正人
主文
一 原告と被告間の東京地方裁判所昭和五一年(手ワ)第四六九号約束手形金請求事件について同裁判所が昭和五一年四月二八日言い渡した手形判決を認可する。
二 原告の予備的請求を棄却する。
三 異議申立後の訴訟費用は原告の負担とする。
事実
第一当事者の求めた裁判
一 請求の趣旨
(主位的請求)
1 被告は原告に対し、金八〇〇万円及びこれに対する昭和五〇年四月二七日から支払ずみまで年六分の割合による金員を支払え。
2 仮執行宣言
(予備的請求)
1 被告は原告に対し、金八〇〇万円及びこれに対する昭和四九年一一月二七日から支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。
2 訴訟費用は被告の負担とする。
3 仮執行宣言。
二 請求の趣旨に対する答弁
1 原告の主位的請求及び予備的請求をいずれも棄却する。
2 訴訟費用は原告の負担とする。
3 仮執行宣言付の原告勝訴の判決がなされる場合は、担保を条件とする仮執行免脱の宣言を求める。
第二当事者の主張
一 請求原因
(主位的請求)
1 原告は、別紙手形目録の一のような手形要件が記載され、連続した裏書の記載のある約束手形一通(以下、「本件①の手形」という。)を所持している。
2(一) 訴外山田勉(以下、「訴外山田」という。)は、被告会社の代理人として本件①の手形の第一裏書欄に「平和生命保険株式会社世田谷支社世田谷支社長山田勉」と記名・押印し、拒絶証書の作成を免除して裏書をした。
(二) 被告会社は同社の世田谷支社長であった訴外山田に被告会社を代理して本件①の手形に右裏書をする権限を与えていた。
3 仮に被告会社が訴外山田に右代理権限を与えていなかったとしても、被告会社は以下の理由により、本件①の手形につき裏書人として責任を負う。
(一)(1) 被告会社の「世田谷支社」は、その名称、規模、従業員数などから総合的に判断すると、商法四二条一項にいう「支店」に該当するものであり、又「世田谷支社長」は同条一項にいう「支店の営業ノ主任者タルコトヲ示スベキ名称ヲ附シタル使用人」に該当するものであるから、訴外山田は支店の支配人と同一の権限を有するものとみなされ、営業に関する一切の裁判外の行為を為す権限を有する。被告会社は商法四二条一項により訴外山田が本件①の手形に被告会社の世田谷支社長としての立場で裏書をしたことにより、本件①の手形につき裏書人として責任を負う。
(2) 又商法四二条一項は、そもそも営業主がある事業所に「支店」又は「支店に類似する名称」を付す場合には、営業主にかわり包括的代理権を有する者の存在が一般的に予測されるから、その名称についての表示を信頼した者をも保護しようとする趣旨を含むものである。
仮に被告会社の世田谷支社が商法四二条一項にいう「支店」として案質を備えていないとしても、被告会社は、「支店」としての実質を備えないものに「支社」という類似の名称を付与し、その外観を作出した帰責事由があり、被告会社は本件①の手形につき裏書人としての責任を負う。
(二)(1) 仮に訴外山田が被告会社を代理して本件手形に裏書をしたことが、その代理権の範囲を超えるものであったとしても、同人は当時被告会社の世田谷支社長であって、同支社の事務を掌理していたものであって、資金貸付及び信用供与が被告会社の基本業務のひとつであり、支社はいわゆる基本業務の実務の殆んどを処理しているのが実情であることからみれば、その支社長には一定の資金貸付権限が与えられているか、少くとも第三者からは、右権限があるものとみなされて然るべきものであるから、原告は訴外山田に右代理行為を行う権限があると信じ、そう信じたことについて次の通り正当理由があるから、被告会社は民法一一〇条により本件①の手形につき裏書人として責任を負う。
(2) 正当理由となる事情は次のとおりである。
(イ) 原告は、金融業を営む東伸物産に勤務していた者であるが、昭和四九年一一月二〇日頃、友人の訴外石田春好より「有限会社内海の代表者である内海宗友という人物が、金六〇〇万円の融資を受けたいといっている。担保として平和生命保険株式会社が裏書した約束手形を差入れるから絶対安全である。すぐ金をもって同会社の世田谷支社へ来て欲しい。」旨の依頼を受け、同支社に赴いたところ、支社長室で右内海、石田、石田の友人と称する木山五郎及び同支社の部長と称する鶴島某が待機していた。右鶴島は有限会社内海が振出し被告会社の世田谷支社長山田勉なる記名・押印による裏書のある約束手形を示し、「平和生命保険株式会社が有限会社内海に融資をすることになっており、万一同社が手形を不渡りにして、自社が裏書人としての責任を問われることになっても、右融資金額より差引くことができるから有限会社内海のために裏書保証する。」旨の説明をした。原告としては、保険会社に関しては、殆んど知識をもちあわせていなかったが、被告会社の「部長」なる肩書のある名刺を差し出した右鶴島から、被告会社の世田谷支社長室において右のようなもっともらしい話を聞かされたため、これを信用し、同日、有限会社内海に金六〇〇万円を貸し付け、その担保として右約束手形一通の交付を受けた。
右席には支社長である訴外山田が同席していなかったので、念のため右取引の二、三日後右支社を訪れて訴外山田に直接面会し、同人に「平和生命保険株式会社が万一の場合は必ず責任を負うのかどうか、山田にその権限があるのか」を問質したところ、同人は「会社は間違いなく責任をとる。勿論私には裏書の権限がある。」旨を確言したうえ、被告会社及び同人が他の企業や個人にも数多くの貸付けや信用供与をしていることを得々と述べていたため、原告としても、訴外山田に手形裏書の権限があることにつき更に確信を強めた。
(ロ) 右貸付け後間もない同月二五日今度は前記木山から「福島県でゴルフ場を経営している協栄観光開発株式会社が金八〇〇万円の金融を受けたいといっているがどうか。先回同様、平和生命保険株式会社が担保手形に裏書することになっている。」との申込みを受けた。そこで原告は翌二六日右木山とともに被告会社の保証の件を確認すべく世田谷支社を訪れ、訴外山田及び鶴島と面談した。その際訴外山田らは、手形裏書の件は間違いない旨保証したが、原告は更に「印鑑が私印ではないのか。会社の責任は大丈夫か。」と念を押したが、同人らは右印鑑を押捺すれば間違いはない旨を断言した。原告としてはこの間、被告会社の概要も調査し、同社を含め生保各社が多額の資金を他に貸付けていることも知ったうえ、前回の貸付以来しばしば訴外山田らより被告会社や訴外山田自身が他に融資をなし、有利な貸付先を探しているとの話を聞かされていたので今回の訴外山田らの右言と併せて、支社長たる訴外山田の手形裏書権限に関しては殆んど疑念を抱かなくなっていた。そこで原告は、翌二七日右協栄観光開発株式会社に対し、金八〇〇万円を、同社が振出し、訴外山田が被告会社の世田谷支社長として裏書をした別紙手形目録の二記載の約束手形(以下、本件②の手形という。)を担保とし、返済期日を昭和五〇年一月二五日と定めて貸し付けたものである。
(ハ) ところで昭和四九年一二月末有限会社内海が倒産したが、原告はその直前である同月一八日、訴外山田から被告会社名義及び訴外山田個人名義の手形裏書保証書の交付を受け、更に右倒産後有限会社内海より金一五〇万円、訴外山田より金二五〇万円の返済を受けた。
他方右協栄観光開発株式会社もその経営が悪化し、右担保として振り出した本件②の手形の支払期日である昭和五〇年一月二五日には、その支払をなしえず、結局二度にわたりその期日を書替えたが、その間有限会社内海振出の手形と同様の裏書保証書三通を右山田より交付させた。本件①の手形は右担保手形の書替手形である。
4 原告は、本件①の手形を満期に支払場所に呈示したが、支払を拒絶された。
よって、原告は被告会社に対し、本件①の手形金八〇〇万円及びこれに対する満期の翌日である昭和五〇年四月二七日から支払ずみまで手形法所定の年六分の割合による利息の支払を求める。
(予備的請求)
主位的請求が認められない場合は、次の根拠により請求をする。
1 仮に訴外山田が被告会社から被告会社を代理して手形に裏書をする権限を与えられていなかったとしても、訴外山田は、前記表見代理の正当理由の事情として述べたとおり原告に対し、被告会社を代理して手形に裏書をする権限を被告会社から与えられており、不渡の場合には被告会社から手形金の支払を受けられるかの如く装い、その旨誤信させた。
その結果、原告は、昭和四九年一一月二七日訴外山田が被告会社の世田谷支社長として裏書をした本件②の手形を担保として訴外協栄観光開発株式会社に対し、金八〇〇万円を返済期日を昭和五〇年一月二五日と定めて貸付けた。
ところが右訴外会社は経営が悪化し、右返済期日に支払をすることができず、その後二回返済期日を延期したが、支払をすることができず、右担保手形の書替手形である本件①の手形の満期の日である昭和五〇年四月二六日不渡りを出した。その結果、原告は金八〇〇万円の返済を受けることが出来なくなり、同額の損害を受けた。
2 訴外山田は当時被告会社の世田谷支社長として、同支社の事務を掌理していたもので、資金貸付及び信用供与が被告会社の基本業務のひとつであり、支社はいわゆる基本業務の殆んどを処理しているのが実情であることからみれば、支社長には一定の資金貸付権限が与えられるか、少なくとも第三者からは右権限を有するものと見做されて然るべき地位にあった者であるから、訴外山田が本件②の手形に被告会社の世田谷支社長として裏書をした行為は民法七一五条一項にいう「事業ノ執行ニ付キ」なされたものというべきであって、被告会社は民法七一五条一項により訴外山田の裏書行為に基き貸付をした結果原告が受けた右損害を賠償する責任がある。
よって、原告は被告会社に対し金八〇〇万円及びこれに対する訴外山田が裏書をし原告が金員を交付した日である昭和四九年一一月二七日から支払ずみまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。
二 請求原因に対する認否及び主張
(主位的請求原因について)
1 1、4の項の各事実は認める。
2 2の項の各事実は否認する。訴外山田が本件①の手形にした裏書は個人としての裏書であって、被告会社を代理又は代表してした裏書ではない。
3(一) 3の項(一)の各事実は否認する。
被告会社の世田谷支社は支店としての登記もなされていないし、その主たる分掌事項は新契約の募集及び継続保険料の収納にあり、商法四二条一項にいう「支店」としての実質を備えていない。原告は世田谷支社が支店としての実質を備えていない場合であっても商法四二条一項の適用があると主張するが失当である。その理由は次の通りである。
商法四二条は、昭和一三年の改正法により新設されたものであるが、その立法趣旨は、本来支配人を置いてしかるべき場所に、ことさらに支配人の名称を回避しながら、実質的に支配人と同様の名称を付した使用人を置いて、責任を免れようとする営業主を、取引の安全のために拘束するところにあり、支店の外観についてまで、その趣旨を拡張して推し及ぼすことはできない。
(二) 3の項(二)の(1)について
訴外山田が原告主張当時被告会社の世田谷支社長であったことは認めるが、その余の点は否認する。
(三) 3の項(二)の(2)について
(イ)について、原告が金融業を営む東伸物産に勤務していたことは認めるが、昭和四九年一一月二〇日ころ鶴島が、原告に対し、原告主張の如き説明をなしたとの点及びその数日後山田が原告に対し、原告主張の如き確言、説明をなしたとの点は否認し、その余の点は不知である。
(ロ)については、昭和四九年一一月二六日、山田及び鶴島が、原告に対し、原告主張の如き断言をしたとの点は否認するが、その余の点は不知である。
(予備的請求原因について)
1 1の項について
訴外山田が原告主張の手形に被告会社の世田谷支社長として裏書をしたことは否認する。裏書をしたとしても訴外山田が個人としての立場でしたものであることは主位的原因について述べたと同様である。
その余の点は不知である。
2 2の項について
訴外山田が当時被告会社の世田谷支社長であったことは認めるが、その余の点は否認する。
三 抗弁
(主位的請求原因3の項の(一)表見支配人について)
仮に商法四二条一項についての原告主張事実が認められるとしても、同条二項にいう「悪意」には重過失も含まれると解されるところ、保険会社の支社は商法上の「支店」にあたらないこと、支社は、支店としての登記もなく、単に、新契約の募集、継続保険料の収納を主たる分掌事項としており、会社を代理して手形行為をする権限のないことはいずれも公知の事実であること、本件①の手形の第一裏書人欄に押捺されている印鑑は被告会社の正式な社印、職印ではなく、訴外山田個人のものであること、保険会社が手形取引に関与する必要性もその関与した実例も稀有であることは一般的に周知されていることであること等の諸事情にてらすと、原告は、世田谷支社長である訴外山田に被告会社を代理して手形行為をする権限がないことを知っていたものであり、仮に知らなかったとすれば、知らなかったことにつき重大な過失があったから、いずれにしても、原告は、被告会社に対し、商法四二条一項により本件①の手形につき裏書人としての責任を求めることはできない。
(予備的請求原因について)
1 原告は、訴外山田が被告会社を代理して手形に裏書をする権限を被告会社から与えられていないことを知っていたものである。仮に右事実を知らなかったとすれば、原告には重大な過失があるから、原告は被告会社に対し、民法七一五条一項により損害賠償を請求できない。
2 仮に被告に何らかの責任があるとしても、原告には、訴外山田が無権限であることを知らなかったことについて過失があったから、損害賠償額の算定にあたり、これを斟酌すべきである。
四 抗弁に対する認否
否認する。
第三証拠《省略》
理由
第一主位的請求(手形金請求)について
一 請求原因、1、4の項の各事実は当事者間に争いがない。
そこで請求原因2の項について検討する。
被告会社が訴外山田に対し、本件①の手形につき被告会社を代理して裏書をする権限を与えたとの原告主張事実はこれを認めるに足りる証拠はないので、その余の点について判断するまでもなく訴外山田の代理行為によって本件①の手形につき被告会社が裏書人としての責任を負うとの原告の主張は理由がなく採用できない。
二 次に請求原因3の項(表見支配人、表見代理の主張)について検討する。
1 同項(一)(商法四二条の表見支配人の主張)について
商法四二条にいう「支店」とは商法上の営業所としての実質を備えているもののみを指称すると解するのが相当であって(最高裁昭和三五年(オ)第九〇九号、同三七年五月一日第三小法廷判決民集五巻一〇三一頁参照)、右のような実質を備えておらず、ただ単に名称、設備などの点から営業所らしい外観を呈るにすぎない場所の使用人に対し、支配人類似の名称を付したからといって、同条の適用があるものとはいえない。
そこで被告会社の世田谷支社が右営業所としての実質を備えているかどうかについて検討する。
《証拠省略》を総合すれば、次のような事実が認められ、他に右認定を覆すに足りる証拠はない。
(1) 被告会社は、日本国内における生命保険事業及び生命保険の再保険事業を行うことをその営業目的とする会社であり、その機構は本社機構として室、部、課があり、地方機構として支社、支部、営業所があるが、支店の登記はない。
(2) 被告会社の基本的業務内容は、生命保険契約の締結、保険料の徴収並びに保険事故ある場合の保険金の支払であるが、被告会社においては右基本的業務についての権限はすべて本社において掌理しており、支社にはその権限が与えられていない。
(3) 支社の分掌事項は、「新契約の募集、継続保険料の収納、保険料領収証の管理、既契約の保全及び諸支払金の取次、市場開拓と募集機構・陣容の強化・拡充、募集機関の管理監督、募集機関の地区運用管理、所属社員の指導教育ならびに勤務管理、業績考課資料・経営効率統計の作成・整備、所属社員の給与・その他所定の経費支出と管理、支社会計、土地建物・什器・備品・消耗品及び付属施設の管理、社規・社則・諸達及び支社運営管理上必要とされる資料・書類の整備、保管、その他本社から指示された事項」となっている。
又支社は手形を利用して右分掌事項を処理することは全くないし、手形を振り出したり、裏書をしたりするいわゆる手形行為をする権限は全く与えられていない。
(4) 支社長の職務権限は、本社機構の営業本部長・営業部長・企画保険部長の指揮ならびに各部課長の指示・助言のもとに、右(3)記載の支社の分掌事項について、支社課長(同次長・係長を含む)所属機関長を指揮して、これを円滑に遂行することにある。
(5) 又支社長は、事実上も被告会社から手形行為をする権限を一切与えられていなかった。
(6) 原告が主張する資金貸付業務についても支社に権限がなく、従って支社長がその権限を与えられていた事実はない。支社は貸付先の信用調査を担当して、その結果意見を本社に上申することがあるにすぎず、訴外山田は支社長として右上申をしたのは一回だけであった。
右(1)ないし(6)の認定事実によれば、被告会社の支社の一つである世田谷支社は、本社から離れて一定の範囲において対外的に独自の事業活動をなすべき組織を有する営業所たる実質を備えていないものであることが明らかであるから、商法四二条にいう支店には該当しないし、支社長であった訴外山田も同条にいわゆる支店の営業の主任者に該当しない。そうするとその余の点について判断するまでもなく被告会社は商法四二条により本件①の手形につき裏書人としての責任を負ういわれはなく、この点に関する原告の主張は理由がなく採用できない。
2 同項(二)(民法一一〇条の表見代理の主張)について
まず原告が訴外山田に本件①の手形につき、被告会社を代理して裏書をする権限があると信じたことに正当の理由があったかどうかの点について検討する。
仮に原告が訴外山田に本件①の手形につき裏書権限ありと信じた理由として原告が主張するような事実があったとしても前記第一の二の1で認定したように、被告会社は生命保険事業を行うことをその営業目的とする会社であるから、原告が主張するように資産運用の一環として、他に融資をしたり、保証料をとって保証人となることがその業務のひとつであったからといって、本件①の手形の振出人のようにいわゆる高利金融から融資を受ける者のために保証人となり、その振出手形に裏書人として署名するということは社会通念上、考え難いことであるところ、原告本人の供述によれば、同人は被告会社の本社に問合せをしたり、世田谷支社に与えられている権限、支社長の権限につき特段の調査をせずに右原告主張のような事情により訴外山田に手形行為をする権限があると信じたというのであるから、原告には右信じたことに付き過失があったものといわざるを得ない。
そうすると原告の表見代理の主張はその余の判断をするまでもなく理由がないこと、明らかである。
三 したがって、いずれにしても、手形金請求に関する原告の請求は認容することができない。
第二予備的請求(使用者責任の主張)について
《証拠省略》によれば、訴外山田が本件②の手形につき被告会社支社長山田勉なる記名のもとに、私印を押捺して裏書をした事実が認められる。そして訴外山田が被告会社の世田谷支社長であったことは、当事者間に争いがない。ところで民法七一五条にいう「事業ノ執行ニ付キ」とは、被用者の職務執行行為そのものに属しないものであっても、その行為の外形から観察して、あたかも被用者の職務の範囲内の行為に属するものをも包含するものと解するのが相当である(最高裁昭和四一年(オ)第六一〇号、同四三年一月三〇日第三小法廷判決、民集二二巻一号六三頁参照)。そこで訴外山田が本件②の手形に右のような裏書行為をしたことが、民法七一五条にいう「事業ノ執行ニ付キ」なされたものであるかどうかについて検討する。
1 主位的請求についての前掲第一の二の1において認定したように、被告会社は生命保険事業及び生命保険の再保険事業を行うことをその営業目的とする会社であって、その基本的業務である生命保険契約の締結、保険料の徴収並びに保険事故ある場合の保険金の支払の権限はすべて本社において掌理しており、支社には右権限を与えていない。又支社の分掌事項は前記認定で列挙した事項に限定されており、支社においては手形行為をするという業務上の必要もなく、又その権限も全く与えられていない。
2 被告会社の支社長の職務権限は、主位的請求についての前掲第一の二の1において認定した通りであって、支社の分掌事項及び支社長の職務内容として支社において支社長が対外的取引の必要から手形行為をすることは全く予定されておらない。
3 右の認定のような被告会社の営業目的内容、その基本的業務についての本社の権限、支社に与えられている分掌事項と支社の被告会社における位置づけ、その支社の長である訴外山田の支社長としての職務権限からみて、前記訴外山田の本件②の手形に対する裏書行為は同人の職務の範囲に属すると認められる外形を有するものといえないとするのが相当である。そうすると、その余の点について検討するまでもなく、訴外山田が本件②の手形に裏書したことを根拠として被告会社の民法七一五条による使用者責任を追及する原告の主張は理由がなく採用できない。
第三結論
以上によれば原告の主位的請求及び予備的請求はいずれも理由がないので、主位的請求を棄却し、原告に訴訟費用の負担を命じた主文第一項掲記の手形判決は相当であるからこれを認可することとし、又予備的請求はこれを棄却し、異議申立後の訴訟費用の負担について民事訴訟法八九条、四五八条を適用して、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 舟本信光 裁判官 清水信雄 村上博信)
<以下省略>